2008年9月2日火曜日

リバーシブルシティ東京にようこそ。

 

緑の向こうに静かに延びる首都高速、用賀から国道246号線の頭上に重なるアプローチその時間を経た姿は躍動感あふれ今でも再建当時の迷いのない日本人の力強い姿を言葉を変えれば後戻り出来ない戦後の複雑な様子すら垣間見ることができる。

単純な未来観が衝撃的に道行く我々に迫ってくる。信じ込むと周りを観ない日本人の別モードラテンの〔ノリ〕すら感じる。
首都高速に東京は欠かせない?首都高速その姿は未来像の在り方、デザインに託してきた預言性を強く感じ怖さすら感じさせる。
首都高速の預言性にはデザインの暴力性と瞬間的効果、我々の饒舌な街と距離をとり無関係の関係をとりその意味を呈示していたことになる。
多摩川を渡るに連れ接近して来る首都高速道路それを下から見上げるコンクリートの造形に呈示された未来像、それは無言で新しい東京のもう一つの入口。
     
国道246号線、同じ都市空間にあり異次元に向って立つ首都高速と見ることにもなる。
カーブするその柔らかな造形はまるで車が生き物に変わる、そんな預言的未来観を感じさせ不思議に切り取られたチューブのイメージそこで繰り返し行われることは時間を溶解し留めること、そしてコンクリートとアスファルトの柔らかい空間を知ることになる、コンクリートの塊は都市の入口で柔かなシートへ静かに時間と我々を溶かす。
全ての車が一定速度を経ると流動性をおびアスファルトの上をチューブの空間を流れだす。
首都高速ではドライバーと車が機械的な生き物に変換する。
ドライバーの姿は消え見えなくなる目的と時間を意識する小さな偏平な目に変わり見る意識へと代えられ流れる時間の空間に入る。
アスファルトラビリンス、チューブ空間の我々と未来それは入口で出口、リバーシブルシティがビルの背景で想像されていた事になる。
建物の合間、いや谷間スロープする未来、通り過ぎる目の前の拡がるコンクリートチューブ、地上の現実はチューブの内部には届かかない。
都市にアスファルトラビリンスが延び都市の裏表を我々に見せることになる。
それは瞬時に無関係、同時に記憶に留める事以外に全て無力な存在にすり代える。
チューブの内部から見た外の現実は知覚できるが通り過ごす事以外に策は無い。
随分以前から我々は未来空間にいた事になる。
未来像は理想像は窓の外に拡がる。
未来像は溶け出し原形は姿を留める事はない。
目の前に拡がる身の回りの変化が現実、まだ観ぬ未来は溶け蒸発を開始してもチューブの内部で我々は気付けない。

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