普段何気なく通り過ぎる地下鉄のコンコース、特に表参道駅の乗り換口の変化は、地上の新たに開店した世界的ブランドショップ等と大きく関わり、それらの影響をたのかそれまでの環境を著しく変えた。
その対応と変化は長く放置されてきたそれまでの過程の中でその放置の限界を超える事を感じさせそこに不思議な時代性を伺わせる事を感させる。
時代性を伺わさせる。
見直しを余儀なくされるそんな印象を持つ。
それは媒体を通した環境の見直しに似る、表参道の地下改札口に至る迄の街の外的変化、そして現実や状況の見直し。
そんな決意の向こうに立ち現れ迷わせるのは放置されたそれまでと同じ現象に過ぎない。
目の前に立ち現れた空間は時間、季節、ジェネレーションそして分かり易い欲望の意味。
さて表参道駅は新宿駅東京駅、丸の内銀座等と異なり狭い床面積にも関わらずその著しい変化は目を見張るものがある。
我々に投かけるこうして場所や環境は場所性の新たな在り方へ移行した。
地下の乗り換え口は個人的チューブの第二、第三の新たなプライベートシティにそれは都市空間の時間軸トラフィックのタイムラグという今までの習慣性を棄てた別々のタイムラグの中から派生する皮膚の柔らかい閉じたトラフィックチューブになる。
ラビリンス。
地上の変化、現象は意味を変えリフレクション効果と意味の関係に時間と人々とを相対的に包む事を強め都市は新しい見えないチューブラビリンの空間になった事を感じさせる。
表参道駅の乗り換え口は地上の変化に媒体として対応し、新たな空間に姿を変え都市の空間に流動性をおび環境全体が媒体に溶けだす現実を私達に伝える。
トラフィックチューブラビリン都市空間は建築要素の実態をさらけ出し我々の内部に媒体の意味になり溶けだす。
建築は媒体に消える。
0 件のコメント:
コメントを投稿