From: tando-1950-tsht-0929@docomo.ne.jp [mailto:tando-1950-tsht-0929@docomo.
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Sent: Sunday, May 09, 2010 2:34 AM
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Subject: 繰り返されている営みは惑星の誕生以前から在り続けることその不在から
の私達の「営み」
繰り広げられるあらゆる「営み」、それは太古の昔から何か我々の想像する時間を遥
かに超越して我々の無意識下の中に記憶となって刻印されている。
その「営み」は、我々の体内より、この無意識下の中で静かに眠ったままの胎児の裸
形ともいえる。
我々が繰り返す「生」に向かう無意識下の「営み」それは深い氷土の奥深い氷の中に
閉じ込められた植物の種、あるいは翼と四足の、手足と不思議なくちばしを持つ小さ
な爬虫類の様な太古の地上にいた生きた化石の様に。
「営み」はこの惑星の誕生以前から在りつづけた。存在の本質、遥か彼方に、「営
み」つながる時間の意味。その「営み」に含まれることは存在することそのものの不
在。「そのこと」は波動の繰り返しそれは時間の中から我々に伝えられた存在する
「そのもの」。
身体から派生する鼓動その音は我々の存在を意識させ鼓動は惑星の鼓動、誕生以前の
波動につながる。
我々は意識すること以上に無意識下の「営み」の想像に甘える。
そんな想像の予定不可能、それは世界の「営み」「そのもの」。
そのこと、すなわち「営む」理由は想像の予定不可能性に、いつしか我々はどこか
「営む」ことそのことに意味を重ねず他の理由付けをそれに重ねることで目の前の出
来事を「営む」理由付けにしてしまった。いつしか一日の鼓動の本質すら避けてし
まって。
以前から惑星はそのことの意味のため「営み」続けてきた。そのことそれ自体が存在
となる事を「営む」我々に想像としてあらゆる機会ある毎知ら示しめしてきた。この
惑星の営み、その存在は自身の身体の鼓動を通して。
「営み」そのことが予定不可能な想像の時間ともいえる。
「営み」は惑星の延長に、無意識下、想像する自身を重ねる。その鼓動の響き、繰り
返し。「営み」は時間に接近する。その想像される存在に繋げようとしている不在の
もがき。それは自身に向かう営み。しかし、多分に「営み」その事は予定不可能な延
長の時間となり我々が思い画く「営み」は惑星と我々が存在することそのものとそれ
はもはや合致することはのぞめない。今も何故我々は自身の中、各々太古からの時間
を「営む」行為に現在も見つめ続けているのか。
今我々が問い直してみなくてはならない事、それは長い不在の世界に「営み」を通し
触れ続けたことがこれからも変わることがない事なのかと。
不在に、「営み」はつながる。
